第十八話





文化祭当日――。

校内にはいたるところに出店の名前を書いた大きな看板やら紙花などの装飾が施され、クラスごとのTシャツやパーカーを着た生徒達が忙しげに行き来し、不思議な浮ついた雰囲気に包まれていた。校則上は持ち込み禁止の携帯電話を柄物のネックストラップで首からぶら下げている女子生徒もいるが今日ばかりは教師達も大目に見ているらしい。
まだ午前9時、各クラスは出し物の準備や出店準備にと、慌ただしい。


2年2組は調理室の3分の1程を貸し切り、ロックウェル、サルメを中心としてクレープづくりに奮闘している。隣の調理台は3年生の陣地で、アメリカンドッグだとか焼きそばだとか、縁日の代表的な屋台料理が作られている。


「ずるいよなぁ、3年の奴ら、ほとんど調理台使ってんだよ。俺らのが人数も多いのにさぁ」


クレープ生地をボールで混ぜながら、キッドが不満げに嘆息を漏らした。隣で鉄板の上で生地を薄く引き延ばしていたロックウェルは「しょーがねーよ」と相槌を打つ。


「例年のことじゃん。俺らだって来年には……」


「ったくよぉー、クレープの甘ったるい匂いがこっちまできやがるぜぇ! 全く、俺らの香ばしい焼きそばの香りが台無しだぜ!」

「ふっ……そういってやるな、トレボニウス。所詮生クリームとフルーツで味と見た目をごまかすだけの安直なお菓子……。我々の敵ではない」

「!?」


声のした方を見れば、黒い長髪をアップにし、濃いグリーンの無難なエプロンを身に付けたエドガーが女子たちに取り囲まれながら上機嫌でアメリカンドッグを揚げている。エプロンが様になっている辺りが腹立たしい。


「うっわ、むかつくなー、あいつ……生徒会長だからってマジ偉そ……ってロックウェル??(汗)」

「安直なお菓子だと……舐めやがって……(ブツブツ)」


額に青筋を立てて低い声で呟くロックウェルは、途端にキッと何か決意をしたような表情になり、向かいでクレープ生地を焼いていたサルメを見据えた。


「……サルメッ! 作戦変更だ!」

「よっし! ガレットだな!?」


サルメはロックウェルの言葉に気合万端でガッツポーズをとった。打ち合わせでもしていたのだろうか。


「そうだ、ブルターニュ地方を起源とするヘルシーで飽きの来ない素朴な甘さで女性に人気の料理、こないだも横浜の赤レンガのとこのガレット食べたけど超うまかった……むしろ一緒に飲むシードルが最高なんだよな……じゃなくて、屋台の定番料理しか思いつかないあいつらに、生クリームとフルーツだけなんて言わせねぇ!」

「言わせねぇよ!(←楽しそう)」


(なんかキモイ……/汗)


その場にいた全員が思った……(汗)






「あーあ、ほんと、エドガーのこととなるとロックウェル頭おかしくなるからなー」


一人、調理室の窓枠にもたれてグラウンドを見下ろしていたロベルトは嘆息しながら呟いた。文化祭の出し物はほとんどが校舎内で行われるため、グラウンドには誰もいない。爽やかな秋風がグラウンドの砂を薄くさらってく。だがロベルトの思考の中心は、澄み切った青い空でもなく、後ろのロックウェルとサルメのはしゃぎ声(?)でもなく、まして机の陰に隠れてフルーツを盗み食いしているエミリオのことでもない。昨晩のロックウェルの言ったことだ。


――俺、フレデリックのこと好きかもしれない。


真摯な表情と、まさかの告白。受け入れる準備などあるはずもなかった。だが、だからと言って頭ごなしに批判する資格などあっただろうか? いや、そもそもなぜ反対したのだろう? 反対する理由などないはずなのに、沸き上がる気持ちを抑えられなかった。一体どこから来た気持ちなのか、それすらわからない。


「あぁー、もう!!」


ロベルトが頭を抱えた時、まさに思考の渦中の第二の人物に声を掛けられて危うく彼はベランダに落ちそうになった。


「うわ、ロベルト……大丈夫?(汗)」

「お前がいきなり話しかけるからだ!(滝汗)」


冷汗だらだらのロベルトに、フレデリックは笑いをこらえながら「悪い、悪い」と謝った。


「……で、何? お前フルーツ切る係じゃなかったっけ?」


フレデリックはしーっと唇に人差し指を立てて、ロベルトを黙らせた。


「いいんだよ、結局缶詰買っちゃったから。それよりさ、ちょっと遊び行かない? ここいたらどこも回れず一日が終わるよ」

「さぼり?」


フレデリックが眉をあげて肩をひそめたのを合図に、ロベルトはニヤリと笑い、二人は調理室を抜け出した。


「いらっしゃいませぇー! アメリカンドッグいかがですかぁ〜」

「あ、買おうよ」


教室の前で客寄せをしている黒髪美人のキハと小動物のような笑顔がかわいらしいスジニからあっさりアメリカンドッグを2人分買ったフレデリックに、「こいつさっきの騒動見てなかったんだろうか……(汗)」とロベルトは不安に思うのだった。真相は、単に何も考えていないだけである。


フレデリックが歩くとすれ違う生徒が振り返ることが幾度かあった。ミスターコン出場者であるからか、それとも単に彼が目立つからかわからない。もしくはその両方。彼がずば抜けて格好いいのは周知の事実だし、それを否定する人間なんていないだろう。だがだからこそ、ロックウェルの気持ちに納得がいかないというのも一部ある。



「おい! ロベルト、フレデリック!」


二人を呼んだのは、ジグモンドだった。階段の踊り場でシートを広げてその上に妙な機械だとか、使い古した洋服だとかを並べている。どうやらフリーマーケットを開催しているらしい。数人の女子生徒が座りこんで品物を物色している。


「なぁ、買ってってくれよ! マジ超安くしてんだ。シャンドールの奴に、部屋を整理しろなんて言われちゃってさ。母親かっつの」

「へぇ、これ何……?」

「あぁ、それは、俺が中学生の時に作った、箱だ!(どーん)開けるとオルゴールが鳴るんだ。俺の発明品第一作かな。へへっ(照)」

「あ、そう……(汗)」


小学校の図画工作でしか作らないような、木箱に紙粘土の人形をくっつけただけのボロボロの箱を手にとって、フレデリックは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
その他には同じく紙粘土で作った家の形をした貯金箱、不細工な版画、幼稚園児の落書きのような船の絵……等々、もはやがらくたかゴミにしか見えないものが雑然と置いてあった。フレデリックが家の形をした貯金箱を手に取った拍子に、取りつけられていた煙突がボロッと落ちてしまい、彼の額にさぁーっと青い縦線が走ったが、ロベルトは見なかったことにした。


(……あ)


ロベルトが目を付けたのは一つの腕時計だった。文字板が鮮やかなブルーで、針と外装は艶のあるブラックである。ロゴ部分には“LEO”の文字。


「どしたの?」

「これ、去年ロックウェルがめっちゃ欲しがってたやつだ。レオブランドとのコラボモデル。発売初日にさぁ、あいつ授業抜けて買いに行くって意気込んでたくせに、結局まじめに一日授業受けちゃって売り切れちゃったんだよ。マジ、バカだよなぁ」


腕時計を手にとってロベルトが呟く。
ロックウェルには確かに生真面目なところがあって、授業などサボったことがない。だからこそ、今回フレデリックもロベルトを誘ったのだ。
ジグモンドが、ロベルトが手にした時計に気がついた。


「何、ロベルト、それ欲しいの?」

「んー……俺ってかロックウェルが欲しがると思ってさ。どうしよっかなぁ」

「いーよ、安くしてやるよ。定価2万円のところ、なんと3千円!」

(普通に高いな……/汗)


中古品のくせに、ぼったくりだと思いつつ、せっかく見つけたのでロベルトはジグモンドにしぶしぶ代金を渡した(もちろん後でロックウェルに請求予定である)。


「ロックウェル、喜ぶといいね」

「あぁ、大丈夫、大丈夫。あいつレアものに弱いからな。過去のコレクションとかに目がないんだよ」

「へぇ……」


ロックウェルは限定だとか、ヴィンテージものだとか、そういった言葉に弱い。自分はミーハーじゃないと信じているけど、ロベルトからしてみればそれもまたミーハーの一種なんじゃないかと思っている。


「なんか、いいね」

「……何が?」


唐突に呟いたフレデリックに、ロベルトは怪訝な顔を向けた。フレデリック自身、口にしたつもりがあったのかなかったのか、慌てた様子で手を振った。


「あ、いや……別に……よく知っててさ、いいなって思って」

「?」

「だから、ほら、俺まだロックウェルと付き合い浅いっちゃ浅いし、知らないこと、多いし……。ロックウェルって、ああ見えて結構周りに合わせるタイプじゃん、だからたまに……俺、あいつのこと何も知らないんじゃないかって思うことある。やっぱりロベルトは何でも知ってんだなって」

「……別に、知らねぇよ。何考えてんだか、わけわかんないし」


特に最近のあいつは、と付け加えようとしてやめた。愚痴っぽい物言いのロベルトに、フレデリックは微笑した。


「……ちょっと、羨ましいかな」

「え」

「あ、ううん。何でもない! そろそろ戻る? 何気に結構時間たってた」


携帯で時間を確認し、フレデリックが「行く?」と首をかしげる。ロベルトは頷きながら、何とも言えない気持ちが胸の奥で生まれていたのを知った。
ロックウェルは親友だ。だから好きだ。でも、フレデリックのことだって好きだ。二人とも、好きだ。ならば、答えは一つではないか。
早足で教室に向かうフレデリックの半歩後ろを歩きながら、ロベルトは手にした時計をぎゅっと握りしめた。